アトゥール・ガワンデ :医療現場のリアルを外科医が一気に読ませる【Complications】

ガン診断を受けて以来、さくっと読めて、尚且つリアルで正確な情報が得られる医療現場や医学に関する本を探していた。そんなときAmazonのオススメでたまたま見つけて買ってみて、予想を超える満足感だったのが外科医 アトゥール・ガワンデ の著書【Complications: A Surgeon’s Notes on an Imperfect Science】。(邦題:「予期せぬ瞬間」)アトゥール・ガワンデ

米国の外科医アトゥールガワンデは現在までに4冊本を出していて、これは1冊目。2003年の出版。日本では近年に出ている「死すべきさだめ」のほうがよく知られているようだけど、まず一冊読むならオススメしたいのはComplicationsのほう。

あるのは不完全な医学

「医療行為は医学という不完全な科学(imperfect science)の元に成り立っている」-この大前提ゆえに起こる様々な問題や現場での葛藤―complications―を、当時ハーバード大学研修医だった著者の目線で実際のエピソードを通して語る一冊。

医師が描く世界ならではの臨場感とナルホド感、そして医師が書いたと思えないような読み手を引き込む文章のスピード感とバランス感。同じテーマを扱っても、著者がアトゥール・ガワンデじゃなかったら魅力は半減していたに違いない!と思うくらい、読み物としてハイレベル。どんな人なんだろうとググったら、なんだか経歴もすごい人のようで・・・・。

今後、病院に行くことがあるならば、読んでおいて損はない。勉強になることは間違いない本。

医師は自分の家族を研修医に診せたりしない・・・人間だからの事情

医療は人を救うというプロパガンダのヒーローストーリーでもなく、病院の闇を暴露するだけの本でもない。ただし、怖い現実はタップリと書いてある。

医学は未知の領域が多い不完全なものという根本だけではなく、治療する医師が「人間」であるという事から更にComplicationを生む。具体的にはどういうことなのか。

それは・・・

一般の業界でも仕事の経験を積むことでスキルを上げていくが、医師の場合にはスキルを上げる唯一の方法が患者を練習台にして学ぶというスタイルである事実。

医療関係者は研修医に家族が病気になった時もお産をする時も、研修医には担当させることは無いという身もふたもない事情。

評判の良かった医者が、いつの間にか訴訟また訴訟という医療ミス連発のヤブ医者になってしまう話。そして、同僚の医師が止まらないミスに気付いても、アクションを起こすことが難しい現実。

医学が不確かである事以上に、持っている知識を正しく使えていない状況が問題である事。

Complicationsを読むと、医療に不確かさはつきものである事実に納得と理解を深めることができると同時に、患者サイドとして「医師や病院を常に吟味しなくてはいけない」と読んで危機感を新たにしたエピソードも多くのっている。

それは決して、病院は悪というような理由ではない。医師は患者を治すために、問題解決のために尽力している。だが、人間が同じ人間の治療にあたっている以上起こりうる最悪な状況の回避のため、医療機関の利用効果を高めるため、医療行為の結果を治癒にするために患者ができることとしての危機管理という意味なのだけれど。

医師は13日の金曜日が苦手?バラエティに富んだ切り口の逸話集は普通に面白い

本の中身は、上記のような医療行為のヒューマンエラーに焦点を当てた話だけでなく、様々な方向からの医療と治療の世界を体感できるエピソードが詰まっている。

物理的には異常がないのに感じる「痛み」の正体解明と対応、肥満の過激な治療、13日の金曜日ジンクス、コンプレックスの克服のための医療行為、そして医師の不合理と思える判断が患者を救った話。

読み終わりは後味の良いエピソードで締められいてる。

それに、この本は英語を勉強している人にもお勧めできる。読みやすく平易な文章で構成された話は内容が濃く、簡単な単語で作った印象に残るフレーズがピンポイントに入っている事に気付く。

英語学習で難しいのは文法や単語ではなく、現代国語的な要素が結局のところ問題の本質だ。要するに、伝わる文章を書いたり、説得力のある話をするには、分かりやすい言葉を使いフレーズを適切な順序で組み合わせることがキーポイントになる。そして、その能力を身に着けるのが一番難しい。

Complicationsはショートストーリーの集まりで大きなテーマを語っているので、各エピソードを入れる位置、話の長さ、情景をイメージさせる説明、それらを使って論を展開させる手法の勉強になるはず。

もちろん、英語で読むのが難しい人には日本語版がある。今年になって新装版が発行されている。

タイトルが「予期せぬ瞬間」っていうのを見て、なんだかなと思ってしまったけれど。

アトゥール・ガワンデ という独特なキャリアを持つ医師

現在はBrigham and Women’s Hospitalの外科医でハーバード大の外科学教授のAtul Gawande。

両親も医師で、本人はスタンフォード、オックスフォード大学を経てハーバードという一見超エリートな医師。

ただ本人は医師になるつもりは無かったそうで。

アトゥール・ガワンデの両親はインド出身。米国で出会って結婚した医師の両親の元に生まれたアトゥール・ガワンデは「生まれた時から医師になるように判を押されたようで嫌だった」らしい。

スタンフォードで生物と政治という2つものメジャー専攻で卒業している時点で、もう医師じゃなくても成功しているだろうと思える秀才ぶりなわけだけれど、そこからローズ奨学金*でオックスフォードへ。メディカルスクールではなく・・・政治と哲学。

(ローズ奨学金:超一流人からなるローズ奨学生選考委員会が「将来のリーダーとなる人材」を基準に選ぶ。 奨学生を卒業すると、その後は一目置かれ、色々なドアは開かれ招待状が舞い込み、パワーエリートの道を選ぶことが出来る。)

哲学者になりたかったというDr.ガワンデ。しかし、哲学の才能はないと悟ったそう。「質問の内容さえ理解できない時があるのに、オリジナルの解答を書くなんて無理と自覚」したそう。

政治ではクリントン政権で働いたこともあったようだが、「政治家に自分の人生を委ねたくない」と、政治の道には進まず。

ロックバンドを組んだことも。

色々試す過程で、今まで成長過程で常に接してきた医学の世界のほうが向いているのだ、医師の素質があるのだと感じハーバード・メディカルスクールへ。

 

通常の医師と一線を画す独創的な視点で医療業界に貢献してきたアトゥール・ガワンデ医師。Atul Gawandeが色々寄り道をせず医師になっていたら、その豊かな視点を持つことも、こんなベストセラー作家の一面も無かったかもしれない。TED Talkもあるので、そちらもオススメ。

 

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この記事を書いた人

Macaron

イタリア語・英語の通訳、翻訳などをしているトライリンガル。しかし仕事をしてるより放浪してる方が多い。