大量出血 !! イタリアでERへ 【子宮頸がん 円錐切除 19日後】

円錐切除後 のリスクとして挙げられる瘡蓋が取れた際の 大量出血 ―― 出血から病院に駆け込んで処置が必要なケースは、レアらしいが。

ただ、たとえ10%以下でも5%以下の発生率でも、可能性が低いからと言って自分に起こらないとは全くもって言えない。

一応、円錐切除を受けた病院で術後の大出血の可能性と、その場合は病院で止血の注射をする必要があることを聞かされていた。

止血の注射をする処置くらいなら、イタリアでも大丈夫だろう。過去には、腹膜炎の腹腔鏡手術をローマの病院で緊急に受けているくらいの病院慣れはあるのだから。

そう。私はイタリアに来ていた。

何を楽しみに毎日会社に行ってたかって、ヨーロッパに頻繁に行く余裕ある稼ぎを得るためなんだから・・・直前にキャンセルしろって言われるほど酷なことはない。

イタリア シチリア島 シラクーサ

 

大量出血 は突然に・・・ゼリー状の 出血 が止まらない

場所はイタリア、シチリア島。イタリアだけでなくヨーロッパから多くの人が海辺のリゾート地として訪れる南の島。

それはシチリア島でのバカンス最終日。円錐切除 からカウントすると19日後。私は友達のうちに泊まってのんびり過ごしていた(友達は先に帰国)。

明日はウィーンに移動するため、夜はパッキングをしようと部屋にこもり、床に座って荷物を整理し始めた。

 

あっぅ!?

 

なんか漏れた。大々的に。円錐切除の時にもらった特大ナプキンをしたショーツを超えて、短パンまで熱いものがその瞬間に行き届いた感覚。

急いでトイレに行くと、多量のサラサラ出血と共に粘液の混ざった血のゼリーのようなものがナプキンいっぱいにバッサリ落ちた。短パンにまで溢れて。

これが瘡蓋?

でも瘡蓋ちっくなモノは数日前にもボトボトっとレバーのような感じで落ちた。あれで終わりじゃなかったのか。

というか、今これは塊が未だドバッと定期的に落ちてくると共に、スプラッターな鮮血も結構流れ出ているけれど止まるの????

止血剤を飲んで 血よ止まれ!と祈る

嫌な予感しかしないが、友達のお母さん(元・産婦人科医)に話す。すると、まずTranexと呼んでいるトラネキサム酸の止血剤を買いに行って様子を見ようというコトになった。

時間は夜10:30。すでに薬局は営業時間外だが、シフトで24時間営業のところがエリア内に1軒あるはずなので、そこまで車で向かう。

薬局について早速Tranexを2種類出してもらう。その1分くらいの間に、またもドバっとした出血で、家を出る前に付けたお産パッドのホールド限界力を超えた感じがした。まずい・・・。

家に帰ってトイレに行くと、案の定パッドは血の塊で満杯。履き替えたばかりだった短パンにも出血が。

とりあえずパッドを変えて、薬を飲む。夕食もまだだったので、軽くパンとハムとフルーツで夕食としようと台所で腰かける。こんな調子では、今夜のパッキングは諦めるしかない。

と、台所で椅子に座っているときに、異変が起きた。

異変に気付いたとき、対応しようにも手遅れなのは分かった。生ぬるい塊が出た後に、水のように流れ出る血を感じる。立ち上がると、スリッパまで血だらけになっていた。血は止まらないので、そこからトイレまで歩いた後の床には血の道しるべが。

残念ながらパッドやナプキンは意味をなさない。それで吸収できる量の血じゃない。ということで、ここからは子供用おむつ2枚と生理用ショーツ2枚をミルフィーユにして対応。

とりあえず横になり、止血剤が効くことを祈りながら様子を見ることに。この血が止まらなかったら、明日はフライトどころじゃない。普段は無神論主義者の私は、都合よく神に一生のお願いで血を止めてくださいと祈っていた。

深夜0時。出血は・・・止まる気配を見せない。おむつもすでに3,4枚交換している。

素人の私でも断言できる。これは何時間待っても止まらない=病院行き、決定。友達のお母さんに赤いスカートを借り、ベルトで何とかサイズを合わせ、おむつも新しく2枚あてて身支度を済まし、車でシラクーサの公立病院のERへと向かった。

血の塊はおむつの限界を超え・・・病院の床が血に濡れる

ERは混んでいた。

人、人、人。受付には列が。なすすべなく、椅子に座って待つが、全く順番が進む気配はない。

と、友達のお母さんが手招き。

「こっちへおいで」

廊下を反対方向へ進んでいき、エレベーターに乗って上へあがり、連れていかれた先。ドアを開けると、そこには赤ちゃんの写真がいくつも飾られている。ここは・・・産婦人科だ。

「あらー、こんなところで何してるの?」友達のお母さんに看護師さんが話しかける。あ、元同僚的な感じか。

「仕事を持ってきたのよ」

「どうしたの?救急受付はした?」

「まだ。階下は列がすごくて。後でやるから、とりあえず・・・」そう話している途中。

あ、ダメだ。出血の波が。

溢れた血は一気にダラーっと脚をつたって・・・私の脚、血だらけ。手とスカートで何とか抑えようとするも、血はそのまま床に流れ続ける

「あぁぁ、とりあえずこっちのベッドで寝て、履いているものを脱いで」看護師に連れられ、ベッドに仰向け。

看護師の手助けでスカートと、おむつを当てたショーツを脱ぎ、大人用おむつに取り換え。別の看護師が、私の歩いた後につながった血の跡を拭いていく。

「すごいCoagula(凝血)だね」ショーツを脱いだ時、全体に血のゼリーが乗っかっていたのを見て看護師が言った。

大量出血 を止める方法=縫う 処置室の簡易さと縫合の痛さ

程なくして呼ばれて行った場所は診察室のようだった。

ただ、ちょっと原始的な感じがする。救急だからだろうか。ベッドの両サイドに足を載せる台があり、ランプスタンドが立っているだけ。

自分でベッドの下のほうまで移動して、両足を広げて台に乗せる。

また別の看護師がおむつを取って「わぁすごいCoagula。どうしたの?」

私「この間7月10日に 円錐切除 をして、その傷口から出血しているみたいです。」

そこへ医師も来て、内診をされつつ(すでに痛い)、さっきと同じ説明+出血までの経緯と明日の行動予定について話す。

はい、そして処置。止血剤じゃ止まらない。動脈が開いてるから、縫うね!

縫うの???注射じゃないの?

その間、さっきのライトスタンドが看護師によって右へ左へ上へと位置を動かされている。「それじゃ、全然見えない。ライトどこいった~」と医師にちょくちょく言われながら。

 

痛い。痛い。とても痛い。

 

もちろん麻酔は無し。貧血じゃなくて痛みで意識が遠のきそうになる気がする。おまけに自分の血がついたハサミまで見れちゃう。

引っ張って縫うからだろうか?痛みに波と異なるレベル感が混ざっている――鈍痛とキーンという痛みの混合。

こんな・・・痛みを伴う縫合の可能性を示唆されていたら、旅行前の手術なんて意地でも断ったのに。( ;∀;) 円錐切除をした病院では、止血は注射だとしか言わなかった。

しかも縫い終わったと思ったら、「難しいな。別のところからも出血してる。」

そんな調子で20分ほどだろうか。3針の縫合は終わり、医師から

「気分はどう?血管が開いていた部分は縫ったけれど、その近くもまたちょっと出血していて、止血したけど、どうかな。これで明日の朝、出血が止まってることを願おう

みたいに言われて、明日のフライト及びウィーン滞在は大丈夫なのか?心配。そして、この処置の支払いが心配である。いくらかかる?

イタリアで救急病院にかかった場合の 処置費用

処置後しばらく病院のベッドで休んでから帰宅した後は、すっかり出血も収まり、ちょっと粘液の混ざった血がつくかなという程度になった。そして考えると、会計プロセスがなかった。

「いつ払うの?」友達のお母さんに訊いたところ「お金はかからないよ。だって救急だから。」

知らなかった。

イタリアには4年間以上住んでいたが、病院は私立の病院で処置なし相談だけで150ユーロ取られ、その後、大病院の手術で100万円近くかかった記憶しかなかった。

しかもこのER、旅行者がかかっても無料だなんて。素晴らしい。電車もバスも警察もまともに動かない現状から公共サービスはゼロに近いと思っていたイタリアが、救急診療は無料。踏んだり蹴ったりだけど、この事実を知れた事でイタリアを再評価できた気がする。

とにかく今回、友達のご両親には大変お世話になりました。(病院関係者で助かった)

そう思って「解決解決♪」とイタリアを後にした。以降、謎のみぞおち痛と吐き気になやまされることになるのだが・・・。

 

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この記事を書いた人

Macaron

イタリア語・英語の通訳、翻訳などをしているトライリンガル。しかし仕事をしてるより放浪してる方が多い。